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ご自分のブログ「ソラグラティア」で、「聖書根本主義に基づく宗教文化多元主義」を奉じる山谷は異端だ、と明言するに至りました。
そうしますと、高柳氏は、「聖書根本主義に基づく宗教文化一元主義」を主張なさるのだろう、と想像します。
しかし、現経綸における「宗教文化多元主義的状況」という現実を、一元主義によって、どう説明なさるのでしょう?
一元主義で説明しようとする場合、「大きな一元主義」と「戦闘的な一元主義」と「気の長い一元主義」、この三つしか、現経綸においては考え得ないのではないか、と思います。
「大きな一元主義」とは、ヒンドゥー教も仏教もイスラム教も、実は、キリスト教なのだ、という一元主義。
「戦闘的な一元主義」とは、ヒントゥ―教も仏教もイスラム教も、キリスト教の敵であり、それらを打倒し征服して、一元的世界を建設しなければならない、という血の気の多い一元主義。
「気の長い一元主義」とは、チルトンに代表される考え方で、40万年という気の遠くなる超年月の地道な宣教の結果、地上からヒンドゥー教も仏教もイスラム教も姿を消して、一元的世界が到来する、というもの。
さて、上記のいずれとも異なる「第四の一元主義」があるなら、ぜひ高柳氏から伺ってみたいものだ。
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