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俺は、全日制に通っていた頃、ひとり東京に上京し、東大を見てきました。
おもったより小さかったです。 思ったよりみすぼらしかったです。
大学を見に行くことに何の意味もないことをここで初めて理解しましたw
俺は東大に行きたいと思ってました。 で、色々無理したこともあります。。
でも結果は身につかなかったです、苦しかった割りに。
今はどうか?と聴かれると、やっぱ東大に行きたいです。 でも目的が少し変わりました。力を手に入れるため、というのもありますがw国から全大学に支給される研究費のうち半分以上を東大ひとつが独占してます。
学歴?そんなものより、まず学問のチュートリアルをすること、そしてもっと楽しく、もっと熱く深く生きること、そのために大学に行きたいです。
東大が学歴取得所だとおもってる人間は、一部の面しか知らないだけです。
それに、今俺はボロボロです。 さて、何故でしょう? それは俺が小さい頃から持続的に確率的要素に恵まれなかったためだ。 俺よりいくら恵まれない人間がいたところで、俺より恵まれて俺より報われている人間がいる以上、俺はそんな人間達より報われたいんだ。
人はそうでなければ自分や、過去を肯定できない。
要するに、理性的にも、感情的にも、東大なんて通過点のひとつに過ぎない。
俺には東大受験をする適正がありますから。
でも、東大に行くためには東大東大って叫ばないことが大切だと気付いたんです。
それはプレッシャーにしかならないし、やもすると大きなことにとらわれ小さなことを蔑ろにしてしまう。
小さなことを蔑ろにすれば大きなこともできナい。
東大はとりあえずどうでもいいので、今俺に必要なのは小さな前進、小さな喜びなんです。
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